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勾玉のブレスレット
結婚式場でバイトを始めてまもない頃の話だ。
巫女は登録制で、都合のつく日に来れば良いシステムになっている。
頻繁に来る巫女もいれば、自然と足が遠のいていく巫女もいる。

メンバーは、高校生が5人、社会人が3人。大学生は私一人だ。
その社会人のうちの一人が、「もう今日で最後にしたい」と言って突然来たわけだ。

やって来たその人があまりにも美人で、驚愕した。
豊かな黒髪のロングヘアで、両サイドにシャギーを少し入れている。
黒目がちの大きな瞳。
パステルイエローのカーディガンにジーンズのラフな姿だったが、スタイルもかなりいい。
有名人に例えるなら、女流棋士の梅沢由香里さんに少し似ているような感じだ。
左手首に、珊瑚色の勾玉がついた桃色ブレスレットをつけていた。
「素敵なブレスレットですね」と言うと、「あそこの神社で頂いたのよ」と教えてくれた。
普段も神道の心を忘れないとは、まさに巫女の鑑(かがみ)みたいな人だ。

その人が巫女装束に身を包むと一層美しく凛とした雰囲気で、光り輝くような感じがした。
まさに美人巫女。OLよりも巫女を本業にした方がいいのではないか、という位に似合っている。
性格もさっぱりとしていて明るく、感じが良い人だった。

私は彼女に憧れて、某神社で勾玉のブレスレットを授与してもらった。
色々な種類があったが、彼女と同じ珊瑚色の勾玉がついた桃色のブレスレットを選んだ。
美しくなる御守のつもりだ。
在学中、ずっと左手首につけてはいたが、彼女に少しでも近づけたかは分からない……。

後日、神社の祭でその勾玉をつけて社務をしていたら、
小学生の女の子二人とお母さんが一人が参拝に来られ、
「この子が、巫女さんと同じ勾玉が欲しいというのですが、何処にいけば買えるのですか?」
と聞かれた。
それで、私が教わったのと同じように教えてあげた。
小さいけれど、存在感のある勾玉だ。装束にもぴったり合う。

あの時の勾玉は、今でも大切な宝物だ。
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ぶた汁
大晦日の夜、バイト先の神社では参拝客にぶた汁がふるまわれる。
境内の白いテントから美味しそうな匂いが漂ってくる。
私の相棒は小学生。近所の女の子だ。
ショートカットで小顔で、整った顔立ちのかわいらしい顔。 巫女装束も似合っている。
お正月まで数時間という時、その子が言った。
「ねえ。二人でぶた汁20杯食べんけ?」
「に、20杯!?……む、無理だよ。そんなに食べられないよー」と私は言った。
「大丈夫大丈夫。私が一緒に食べてあげるから!」
女の子がニコッと笑い、テントに入って行った。
やがて彼女は満面の笑みをたたえ、お盆に紙コップに入ったぶた汁を2杯持って来た。
箸を割り、「いただきまーす」と二人で食べる。
寒空の中、ほっとするような味が胃にしみた。豚肉のうま味がよく出ている。
「……美味しい」と私は思わずつぶやいた。
「ね、20杯くらいいけそうやろ? お代わり持って来るね」
罪のない笑顔。
「……」
参拝客はまだいない。彼女はニコニコ笑いながら拝殿と境内を数往復。
やがて、我々の目の前には積みあがった紙コップがあった。
「いち、に、さん、し……。ほら、二人で20杯食べられたやろ?」
女の子が嬉しそうに言う。たしかに20個の紙コップ。 今となっては何故あんなにたくさん食べられたのかは分からない。
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シックスセンス
昔は、いないはずの人が見えたりするような、そんな不思議なことが稀にあった。今でも夜に車を走らせていて電話ボックスとかに人がいるのを見つけて、もう一度パッと見たらいなくなっているという事がたまにある。虫の知らせを感じたこともあるが、私の霊感は強い方ではないと思うので、日常生活に支障が出るほどの怖い思いはしたことはない。墓場の近くを通ったりすると異常に寒くなることがあるが、そういう時は、ごく稀に波長が合う時なのだろうなと思う。そんな中でも不思議だったのが、小さい頃に座敷から鈴の音が響いてきたこと。鈴の音は魔を祓う音なので、幽霊のたぐいではないと思うのだが、今思えば、巫女になる前触れのようなものだったのかなぁと思うことがある。
自転車巫女
大学時代、結婚式場の巫女バイトをしていた私。アパートに引っ越し、原付バイクを手に入れるまでは、女子寮から自転車で式場まで通っていた。あれは大学1年の秋ぐらいのことだったと思う。秋晴れの空の下、さっそうと自転車で式場を後にし、走っていると、小学生の女の子の集団が見えた。何人かは自転車に乗って逃げ、その後を泣きながら一人の女の子が走って追いかけていく。心配になって、自転車を止めて観察していた。やっぱり、泣いている女の子を仲間はずれにしているみたい……。弱い者いじめは許せない。「ねえ、ちょっと君たち。その子泣いてるんじゃない?」と話しかけ、事情を聴いた。自分が同じことをされたらどう思うか聞いて、仲直りさせた。強引なやり方だったかも知れないが、泣いている子の気持ちを考えるとつらくなってしまう。私も人とコミュニケーションするのが苦手な子どもだったから。その後、研究室の友人Mとそのお友達と偶然会って、ミスタードーナツでお茶した。「なかなか勇気ある巫女さんじゃん」とMが褒めてくれ、私は照れた。でも正義感が強いのも、いいのか悪いのか……orz泣いていた女の子へ。きっと君も友達とうまくやれるようになるから、心配しないで。強くなってね。
舞巫女・瞳子の事件簿
原作・高殿円さん、作画・叶嵐さんによる美しい巫女漫画。角川書店・あすかコミックスで2003年5月に刊行された。実家の貧乏神社を継ぐ女子高生巫女・花森瞳子(はなもりとうこ)が奉仕先の神社で様々な事件に巻き込まれ、舞の奉納によってそれらの現象を解決する。お金と男にシビアな性格の瞳子。奉仕料とイケメンに弱いが、何とか実家の神社を再興すべく仕事に頑張っている。綺麗な絵柄で、ほのぼのとしたストーリー展開。話もまとまりがある。相手役の男の子が金持ちで生意気な感じで私的にはイマイチだったのだが、面白くておすすめの漫画だと思う。巫女装束も綺麗に描けている。瞳子の舞のシーンはとても美しいので、必見である。
朝霧の巫女
ヤングキングアワーズで2000年から2007年まで連載された、宇河弘樹さんの漫画『朝霧の巫女』。神意を読み取り伝える審神者(さにわ)の家系に生まれた少年、天津忠尋(あまつただひろ)と幼なじみの巫女・稗田柚子(ひえだゆず)が怪異と戦う伝奇ラブストーリー。また、荒ぶる神たちの物語でもある。広島県三次市に伝わる『稲生物怪録』(いのうもののけろく)という怪異を描いた書物を下敷きにしており、作品の舞台も広島県三次市である。地域と絡めた伝奇物語。こういう設定は、物凄く私の好みである。それから面白いのが、ヒロイン三姉妹の名前(倉子、柚子、珠)が、名物のお菓子「淡雪三姉妹」の小倉、柚子、玉子に由来していることだ。実際、三次市では朝霧の巫女を使った妖怪関係のイベントも開かれたりしたようだ。漫画を使った町おこしというのも、素敵だと思う。それから、筒井筒の恋を描いた忠尋と柚子の純愛もいい。柚子の照れたような仕草がかわいらしい。さらに、筆でザバザバと描いたような妖怪のタッチ。面白いと思った。残念な点は、絵が荒いところ。今っぽい絵柄なんだけど、もう少し描き込んだらきっともっと読ませる漫画になっただろう。それから巫女委員会という良く分からない組織に柚子たち巫女三姉妹以外の4人の巫女さん。メガネっ娘やらロリっ娘やらがたくさん登場。巫女は柚子一人で充分な気がするのだが。これでは、せっかくの謎めいた設定が、一気にただの萌え漫画だ。リアリティも失せる。脇役の娘たちには悪いが、そんなに登場人物は要らないと思う。ヒロインの柚子にもう少し活躍の場を与えた方が良いのではないだろうか。最終回はアワーズを買って読んだ。純愛を貫いたハッピーエンドで、とりあえずは良かったと思う。最終巻が出たら買いたいなあ。
几帳の裏の控え室
結婚式場巫女をしていた時、几帳の後ろに四畳くらいの小さな控え室があり、そこに巫女5~6人が詰めていた。一回の式に、巫女は2人要る。人手が足りない時は、受付の綺麗なお姉さんが駆り出されてきて巫女になった。隣に水屋と宮司さんのデスクがある。結婚式が終わると、金字で「寿」と書かれた朱塗りの杯を集め、水屋で洗って綺麗に拭く。鶴亀のお菓子、結び昆布、新しい杯を敷紙にセットして次のお式の準備が完了する。式が連続する時は、結構大忙しだ。結婚式が始まると、式場前の入口から新郎神父を誘導し、お神酒を注いだ。空き時間はその控え室で雑誌を読んで過ごした。お昼になると、弁当が出た。この空き時間、私はいろんな事を考えていた。巫女の仕事についてのやりがいとか、将来の事とか弓の事とか恋愛の事とか。あの頃は叶わない片思いをしていた。小さな窓から紅葉を見ては、物思いにふけった。結婚式の仕事は好きだった。これから人生を共に歩んでいくご夫婦のお手伝いができるわけだから。いつか自分も素敵な花嫁さんになりたいなと思いながら、一組一組の方の幸せをお祈りした。本当に、素晴らしいお仕事をさせて頂いたと思う。社会人になった今、あの頃を振り返ると、真面目に仕事はやっていたんだろうけど、なにぶんに学生だったので、ちゃんと出来ていたかとか、きちんと礼儀正しく人に接する事が出来ていたかが心配になる(悩)。他の巫女さんたちは、私の事を「柚木」と呼んでいた。変なヤツと思われていたに違いない(笑)。でも本当に、いい仕事だった。お世話になった宮司さんとお母様。今年はお手紙とお歳暮を贈ろうかな……(^-^)。
不思議な話
私がよく奉仕させていただいた末社で、特に好きだったのはK田神社という処。新しいお宮さんで、入るとヒノキの良い香りがする。八幡神を祀ってあるので、拝殿には源平合戦の大きな絵馬が架けてある。そこの総代さんが良い方で、参拝者がいない時は世間話をしてくださった。そこで聞いた、不思議な話。県内のとある駅の近くに、80歳を超える尼さんがいらっしゃり、その方に人生相談をすると、色々あててくださるというのだ。総代さんが行くと、「あなた、お金を扱う仕事をしておられましたね?」等言われ、ことごとく当てられたらしい。良い事も言われるそうだが、勿論悪い事も言われるそうだ。そして、良く当たる内容。包む額は、確か二千円くらいだと言っておられた。私も将来の事などを占ってもらいたいなあと思いながら、もう何年も経ってしまい、今ではそのお寺の名前も忘れてしまった。あの時、まだ大学生だった私に、総代さん達が、「巫女さんも、大学卒業されたら娑婆(しゃば)に出ていかれるんやろ。 娑婆ちゃ、大変なところや。覚悟しておかれや」と言うようなことを言っておられた。(神社で仏教用語の娑婆が出てくるのも妙な話だが、神仏習合の盛んな地域なので、まぁ良いか。)卒業して就職して巫女を降り、結婚して毎日暮らしているが、確かに毎日を生きていくって甘いもんじゃないと思う。尼さんの占いもよく当たるかも知れないが、総代さんの言っておられたことは全くもって良く当たっていたなあと思う。
本職巫女への就職
大学1~3年の時、今の業種への就職希望はあったのだが、神社でのアルバイトを通して、「巫女さんか、神職さんになりたい」という思いも実はあった。結構それで迷った。日常生活を脱した、静謐に包まれた神殿で、神様と語らいながら過ごしてみたいという、神仙思想みたいなものが当時の私にはあった。(民俗学への興味などもそこから発生している)また、神社に訪れる人々との交流も楽しいものであり、心から笑顔でご奉仕できる仕事が巫女だった。結婚式場には、県内一の大きな神社でご奉仕されていた先輩のYさんという方がおられた。彼女は中卒で、その神社はどうも定年になったらしかった。どうも巫女さんの定年は、ニ十代のうちのようだ……。友人の話では、伊勢神宮の定年も確か二十三、四ということらしかった。確かに、年食った巫女というのは、見たことがない。宮司さんのお母様に、「定年になった巫女さんは、その後どうなるのですか?」と聞いてみると、「勉強をされて、神職さんになられる方もいらっしゃるし、ご結婚される方も多いわよ。お茶やお花に、礼儀作法を身につけた巫女さんを結婚相手として希望される方は多いらしいですから」との事だった。寿退社、か……。ずっと続けるわけにはいかないものだろうか。宮司さんにも聞いてみた。「四大出とるのに勿体ないわ。巫女になってる子は中卒や高卒も多いし、第一長く勤められんし」と言われてしまった。やる気があれば、最終学歴はあまり関係ないと思うのだが、長く勤められないのはネックだ。では神職さんになるのはどうか。女性神職さんの十二単姿も、凛として美しいものである。だが、社家(神社)に産まれなければ中々神職も大変なようである。神社の格式もあり、どの家に産まれるかで人生が変わる。頑張っている人が昇進できるとかそういうシステムではないらしい。色々納得できない部分があり、結局今は最初に希望していた業種でOLをやっている。結婚して子どもが産まれ、生きていくことのシビアさを知った今、現実的に本職巫女にならなくて良かったとは思うが、未だに惹かれる世界ではある。
ある助勤巫女の一日~春季祭礼編~
ある助勤巫女の一日……。早朝、起床。潔斎(シャワーを浴びて身を清め、下着も清潔なものに替える)。朝の光を浴びながら、自転車に乗って神社へ。「本日ご奉仕させていただきます、柚木でございます。よろしくお願いします!」と神様にご挨拶して、社務所へ。宮司さんご一家にご挨拶。巫女装束に着替える。気持ちが引き締まったところで、拝殿へ。玉串(榊の枝)に紙垂(しで)をつけたり、お下がり(鰹節や子どもさん達へのお菓子)を仕分けしたりする。(先輩の話だと、紙垂には息を吹きかけてはならないそうである。ケガレがついているからであろう)宮司さんと禰宜さん登場。正装に着替えられる。三人で「よろしくお願いします」と礼をして、神事のはじまり。太鼓の音で式が始まり、気持ちがさらに引き締まる。私は巫女舞を奉納。その後、直会(なおらえ)。奉賛会(?)の皆様にお神酒を注ぎ、飲んでいただく。かわらけを回収し、水屋へ洗いに行く。いよいよ、地元の皆様がお祓いを受けにいらっしゃる。笑顔で対応。初穂料を受け取り、神前へ。巫女舞を奉納する。先輩と交代で昼食を摂り、午後もご奉仕。夕方、祭の終わりの神事があり、ご奉仕終了。夕食をいただいて帰宅、である。充実した一日、である。
左義長
小説の原稿と古いお守りを携えて、去年から我が家の氏神様になった、N神社へ行った。
早くも、竹を立てたスペースに、たくさんのお守りやしめ飾り、書き初めなどが積み上げられている。
神事が始まり、宮司さんが祝詞を宣って、玉串に神幣を結んだものを捧げ持ち、「オオー」という警蹕(けいひつ。降神や渡御の時に神職が発する声。弘文堂『神道事典』より)を上げながら、積み上げられた山の前に来る。その後から、火がついた藁を持った世話役が追いかけて点火する。
勢い良く火が燃え上がった。立ち込める煙。
「あのーコレお願いします」と、セーラー服の中学生も、おずおずとしめ飾りと書き初めを出した。萌黄色の装束の宮司さん、世話役の皆さん、赤ちゃんを抱っこしたおばあちゃん、白いフワフワの犬を抱っこしたおばさん、小学生のカメラ小僧を連れたお父さんお母さん、落ち着いた感じの老夫婦、ジャンパー姿のおじいさん等、大勢の人が集まった。
時々、竹がパーンと弾け、皆がおーっと歓声を上げる。辺り一体が暖かくなる。
世話役の方が、「これ食べたら頭良くなるよ~、ボケんよ~」といいながら、火であぶったスルメや昆布を分けて下さり、それをしゃぶりつつ燃えさかる火を眺める。
私も「はい、赤ちゃんにいいよ」と言われてスルメをいただいた。小さく千切ってMの口に入れてやった。賢い子になりますように。
顔が火照ってきた。煙が立ち込めて、灰になった書き初めが舞い上がる。
確か、高く上がれば上がるほど、上達するんだよね。
私の小説も、上がっていったかな…?
宮司さん、世話役の方々、近所の人。みんなニコニコと穏やかな表情で炎を見つめている。
火を囲みながら、会話も生まれる。
「生産組合の話やけどね…」
「何のせ、宜しくお願いします」
神社は、地域の交流の場でもある。こういう行事に顔を出すことで、心も穏やかになり、人間関係も良くなる。

この神社、なんかいいなぁ。神殿の雰囲気もいいんだけど、人があったかいんだよね。
いいなあ、この空気。神社とこの町の人々を包むこの暖かい空気を、長く伝えていけたらなぁ。
来年は、家族全員で来よう。

『平成の巫女 「まごころ」を継ぐ娘たち』 佐野 裕(原書房・2003)
2006/12/02のBlog
[ 10:24 ] [ Jinja(巫女体験記&神社) ]
[ スライドショウ ]

表題の本を読んだ。
数年前、私が神社にアルバイトに行っていた時も感じていたことなのだが、いま、神社が絶滅寸前だ。

自然や神様に対して感謝の心を持つ人も少なくなったし、巫女のなり手もいない。
なり手がいない、と言っても「巫女さんの衣裳が着てみたい」という人ならいそうだが、巫女装束を纏うにはそれなりの資質が必要と考える。
礼儀作法や神様を敬う心が無ければ、単なるコスプレでしかない。

この本に出てくる巫女さんも答えていたが、まず礼儀正しさや素直な心が必要、茶髪やピアスなんてもってのほか。

本を読むと、最近では神職の指導を素直に受け入れられない新人巫女もいるとか。

私は学生時代、(巫女バイトへ行っていたからもあるのだが、)ずっと黒髪で通したし、ピアスは空けなかった。

最近の雑誌を見ていると、お正月の晴れ着にカチューシャを合わせたりピアスを合わせたりネイルをしたり、というコーディネイトだが、あれは邪道だと思う。

2日間アルバイトへ行ったある神社で出会った同じ巫女バイト。
私が後日彼女のいない時に奉職した際、世話役の方が「もう一人の巫女さん、携帯でずっと彼氏に電話していた」とか、別の巫女先輩が「あの子、コンパクトばっかり見ていてマスカラで睫毛ばっかり上げていたよ」とか言っており、ショックを受けた。

今、教育再生会議がどうとか行っているが、まず学校より家庭。先生より親に対して指導が必要なんじゃないかと思う。
モノやお金が必要だから、親は子どもをそっちのけで働く。親はストレスがたまる。寂しい子どももストレスがたまる。ストレスのたまった者同士が、苛めたり傷つけたり殺したりして、また憎しみを生む。その連鎖。
日本の社会が民主主義だから仕方ないけれど、拝金主義、物質主義じゃなくて、もっと大事なものがあるでしょうと思う。

そうして、モラルが損なわれる。ライブドアのように、”ラクして儲けたい”という人が増える。結果、本当に払わなければいけないものをケチったり、犯罪に手を染めたり。
ラクして儲かる、なんてそんな上手い話ないでしょ? と思う。
税金や給食費の未納問題、強盗、殺人…。
今でさえこんなに酷いのだから、あと十年、二十年後には、もっとひどい社会になってしまうだろう。
毎日生きていられることに感謝したり、子どもやお年寄りを大事にしたり、食べ物を大事にしたり。
マスコミもいけない。次々新しい物を宣伝するから、みんな物を大事にしなくなる。
内面より外面を意識する人ばかりになっている。

巫女の話題からそれてしまったけれど、最近の神社の衰退は世の中全体の危機を表しているのだろう。人々が自然を「畏れる」ということを知らなくなって来ているものね。

どうしたら、皆が優しさや道徳心を取り戻せる社会になるのかな。
やっぱり、一人一人の意識が大事だと思うから、私や周りの友人から、そういう思いやりを広めていければいいなと思う。
憑依の視座-巫女の民俗学Ⅱ
川村邦光氏の『憑依の視座-巫女の民俗学Ⅱ』(青弓社・1997)を読破。

巫女、というと真っ先に想像するのが神社にいる白衣に緋の袴を履いた女性であるが、ここに取り上げているのは、体に神様や仏様を降ろす女性を降ろす『カミサマ』と呼ばれている女性のことだ。
(柳田國男が、前者を神社巫女、後者を職業巫女として分類したのは有名な話である。)

『カミサマ』たちは、神社で御神籤を売っているようなうら若い女性ではない。
私も神社巫女バイトを5年ほど務めさせてもらったが、別に神様に乗り移られた事はない。

家庭を持ったり、働いたりして普通の主婦をつとめてきた女性が、ある”きっかけ”でその道に進むのである。
”きっかけ”は、夫や姑との不和、自分や家族の病気、離婚など。
苦しんだ結果、何かに救いを求めて修行したりするうち神様が憑くようになるのである。
また、その女性たちは幼い頃は神社の境内でよく遊んでいたとか、信心深かったりしたらしい。

『カミサマ』になれる条件というのは、先天的な要件(小さい頃から信心深かった)と後天的な要件(うまくいかないことがあり、修行をしたりしたのがきっかけで神が憑く)による。

しかし……巫女というものは、色々な事を犠牲にしてなるのだから、生半可な気持ちではダメらしい。
私は、普通の人間で良かったと思った。巫女はとても大変な仕事だ。

とにかく面白い本だった。
コックリさんに憑かれた小学生の話、狐つきの話など、不思議かつ興味深い話が多かった。

次回は、憑き物と精神病についての本が読んでみたい。
柳田先生の本もまだ読みかけであることだし。
憧れの巫女先輩 その2
2コ上の巫女先輩Mさんと私は、神社でよく一緒になりました。
超ロングヘアーの先輩は木村佳乃に少し似た色白の美人さんです。
彼女は実家や寮に何百冊と本を持っておられ、CDも300枚持っているらしい。
本やゲーム、ドラマにやたら詳しく、サブカルの女王としても名を馳せていました。
それだけでなく、しっかり者のお姉さんでもございました。色々な物事に精通している、カッコイイ女でした。
N神社に詰めていたある日。
M先輩と私は静かに談笑していました。
その時、お式が終わった直後の狩衣姿の宮司さんが通っていかれました。
私「宮司さんの正装……素敵ですよね」
M先輩「宮司さんのブロマイドもお守りと一緒に売るか……」
私「イヤですね、そんな神社……。そう言えば、今日は参拝の方があまり見えませんね」
M先輩「(通りすがりの人を指差し)そこの人、お参りしてけ~!!」
私「イヤですね、そんな怖い巫女……」
先輩は、神社が繁盛するためには、厄が色つきで見える世界でなければダメだとおっしゃってました。(笑)
なるほど。先輩らしいコメントです。
そのうちにエスカレートして来た私達は、『お笑い大神宮七不思議』というのを勝手に作っていました。

『お笑い大神宮 七不思議』

①欄間の龍の目から、ビームが出る。
②手水舎が動いて、抜け道に繋がる。
③色っぽいピンクの雪洞(ぼんぼり)
④鬼巫女(=自分たち) 「お参りしてけ~」と通りすがりの人に参拝を強要する。
⑤宮司さんのブロマイドが売っている 
⑥飾ってある獅子頭に食われる
⑦…忘れました…。
とにかく、先輩と話していると笑いが尽きませんでしたね。
また先輩と一緒に巫女がしたいです。
その後お元気ですか? 先輩。
憧れの巫女先輩 その1
世の中には「何故かこの人の人間性に惹かれる」という人が必ずいますよね。
巫女先輩Kさんもその一人でした。
キレイな人でした。
色白でお人形さんみたいな顔をしていられて、見ていて気持ちの良くなる優しい人でした。笑い声がカラッとしていて、色々な所に気を回すのが上手で。
彼女は結婚式場で働いていました。
結婚式場の巫女は新郎側と新婦側と二人です。ペアで仕事をする際、Kさんとのコンビは非常に安心出来ました。
三々九度の盃も、玉串の渡し方も、キレイに決まるのです。お互いが相手に合わせようと思わなければ、絶対に上手に出来ないんですよ。
悩んでいた時、すっきりと納得のいくアドバイスをくれました。私の気持ちを傷つけず、また、年上の女性だからこそ出来るようなアドバイスでした。
恋愛のことで悩んでいた時は、
「元気出せ。柚木もキレイにな~れ!」と言っていい化粧品屋さんを紹介してくれました。
それがきっかけで、私はお化粧をするようになりました。
普通、こういう気の回し方って出来ないですよね…。
女性として巫女として、非常に出来た人だったと思います。
二年ほどお世話になった後、Kさんは出産する事になり巫女を降りました。
一度だけ、新居にお邪魔した事があります。
私もそろそろ、あの時のKさんの年齢になりつつあります。
憧れの女性Kさん。私も、Kさんみたいになれないかなぁ。
頑張ろう、うん。
直会(なおらい)
「神道事典」には、「祭りにおける酒宴行事のこと。」とあります。
そして、「祭儀のために行った斎戒を解きゆるめ、体をやわらげ、平常にかえる意とされる」とあります。
すなわち、いくら酒宴と言っても神祭と対になる大事な神事なのですね。
N神社では何をしていたかと言いますと、お式の後に総代さん達とお神酒を頂いていました。
私はお神酒を注いで回っておったのですが、「巫女さんも是非!」と言われまして、
遠慮しましたところ「これも式の一環なんや」との事。
どうしてかしらと思いまして、少し調べてみました。
色々な説がありまして、神道事典の抜粋なのですが、折口信夫は「神祭の終わった後で直日(なおび)神を祭り、神祭における数々の過ちを正す儀」と述べています。また、「神祭のあと、お供えしたお神酒や神饌をおろして頂戴すること」という解釈もあるそうです。
八幡神社で奉仕していた時は、総代さんたちとお昼をいただいた時に麦酒をいただきました。
あの時は「お酒なんかの何処が美味しいのか」と思っていたのですが
今はこんなに麦酒好きになってしまった私。
精神的にツライ時は麦酒に頼ってしまいますね…どうしても。
これもひとえに直会と弓道部の道場コンパのお陰(せい)とも言えましょう。
直会は和気あいあいとしていい感じでしたが、吐くまで飲まされた弓道部…。
あの頃の私を返してくださいと思う今日この頃です。
出しそびれた手紙
今日は神道以外の話をしたいと思います。
私のお世話になっていたN神社なのですが、八つの末社がありまして、そのお陰で色々な神社の助勤をさせていただくことができました。お邪魔するのは祭事のある日なので、大学を休んで(!?)朝から晩まで一日社殿に詰めて、参拝の方が来られたら舞を奉納し玉串をお渡しし、お神酒を注ぎます。
色々な人との出会いがありましたね。I神社の境内には子供がよく遊びに来ていたんです。
小学生の女の子が二人いて、よく「みこちゃん」と呼ばれて話しかけられました。
巫女舞の合間に喋ったりしました。
何回目かの祭りでI神社に行った時、
「みこちゃんのファンなので文通してください」と言われました。本当に可愛い子供たちでした。
ところが、最初のうちはちゃんと返事を返していたのに、後からになると書くことを探して色々考えているうちにずるずると先延ばしになってしまい、かわいそうな思いをさせてしまいました。
子供たちは真剣そのもので、一生懸命手紙を書いてくれます。また、返事を返してくれるのもとても早く、とても驚きました。あの時はなかなか返事が書けなくて本当にごめんね。
やがて就職した私に子供が気を使ってしまい、今では年賀状のやり取りのみになってしまいましたが、あの時の事を思うと胸が痛みます。子供の真剣な気持ちを傷つけてしまったのかなぁ…と。
神前結婚式
皆さんは、結婚式はどのような形式が好みでしょうか?
神式は勿論、仏式、チャペル、あと人前式なんてのもありますよね。
今日は神前結婚式についてお話させていただきます。
神前結婚式の歴史は、そう古いものではありません。明治時代までは、一般の家庭で行われていたものですが、大正時代になってから皇太子の結婚を真似て、色々な神社で行われるようになりました。
私は、神社がシーズンオフの時は、結婚式場でお手伝いをさせていただいていました。
結婚式というのは、いいですよね。人と人との御縁が結ばれる、ということで。
色々なご夫婦がいらっしゃいましたが、夫婦の拍手(かしわで)がきちんと揃っているかとか、誓詞の奏上の際、息がぴったり合っているかとか新郎さんの声がしっかりしているかとかで、そのご夫婦の今後の姿が見えてくるような気がしてなりません。
それにしても最近はチャペル人気ですね。私の通っていた式場も豪華チャペルが建ちまして、神式場が閑散としてしまい寂しい~!という感じでしたね。ドレスも着てみたいですが、白無垢も奥ゆかしくてすがすがしいものだと思います。あと、憧れるのが十二単の結婚式です! 
余談ですが、十二単を一度だけ着たことがあります。すごい枚数の衣を、次々滑らせるように着せていただきました。重くて動けなかった…。あと、鬘(かつら)が痛かった…。でも、重ねの色目。とても綺麗なものだと感じました。意外な色の組み合わせが映えるのです。いいですね十二単…。
どなたか私の希望を叶えていただけないでしょうか(笑)
巫女の御髪(みぐし)について
リクエストがありましたので、掲載いたします。
N神社では、権宮司さんの手作りで、お巫女さんの髪につける飾りを作っておりました。
K市のO神社の巫女さんにならって作ったものです。白い布に、桃などの造花を飾りつけたもので、長い紐が垂らしてあります。さらに、超ロングヘアーが付いております。(ショートヘアの方も安心!です)ただしこの超ロングヘアーは、豊かな緑の黒髪ですので、茶髪の方は付けると痛いことになってしまいます。やはり巫女さんは黒髪がいいですね……私のバイト先も、茶髪とピアスは禁止でして、私も大学4年間、一度も髪を染めることなく、耳に穴を開けることもなく(弓道部だったので、弦で耳を払うと怪我するかもしれませんし)過ごしました。もっともピアスは開けようとも思わなかったですが。
S神社の巫女さんの髪の飾りは、紅白の熨斗(のし)の様な形で、とても綺麗です。一言で表現するなら、大胆かつ豪華。
他にも、桃や菊の簪(かんざし)、舞の時につける前天冠(まえてんがん)など、色々髪につける小物はあるようですね。しかし、特に細かく定められてはいないようです。ちなみに私は権宮司さんにお借りして前天冠をつけた事があります。金色のしゃらしゃらした飾りがついていて、桜の枝が挿してありました。何だか恥ずかしかったです…。
K大社にもたくさん巫女さんがいましたが、化粧が濃くて金髪や明るい茶髪の人が多い…。何だかなぁ…と思いましたね。しかも営業が凄かったですよ、色々買わせようとして。風紀って大事。いろんな考え方があるんでしょうが、神社に奉仕する人は、清楚な感じのイメージがある方が良いですね。やはり見ていて気持ちの良くなる姿をしていたいものですね
巫女舞について・その2
さて、巫女舞の続きについてお話いたします。
N神社で祭事の際にしていた巫女舞は、その県の神社庁の偉い人が決められたものだったらしいです。今まで祭りはその舞がメインだったのですが、権宮司さんが『お正月なので、朝日舞もしてみましょう』とおっしゃり、練習が始まりました。
朝日舞は、越天楽をベースにしているもので、採物は五色の布を垂らした榊です。…これが難しくて、愚か者の私は何度も間違えてしまったです…(涙)。音楽のテンポが独特で、それに合わせてゆるやかに足を運び、ゆるりゆるりと舞います。巫女舞って、のびやかで好きです。春風のようにゆったりして、それでいて生命力と言いますか、植物の息吹を感じるのです。
私は舞った事がないのですが、浦安(うらやす)の舞、豊栄(とよさか)の舞なども練習してみたかったです…。特に浦安の舞。カッコイイんですよー! 舞姫は、鉾鈴(ほこすず)と呼ばれる剣先のようなものが付いた鈴を採物にして舞います。あこめや裳、小忌衣(おみごろも)といった正装も着用するんですが、これがまた綺麗なんです…。私が見たのは、桃色や薄緑をベースにした美しい装束でした。何メートルもある装束を引き摺って舞って、平安時代のお姫様のようでしたね。巫女さんのユニフォームは、白衣緋袴だけではないのですね。
機会があれば、また練習してみたいですねぇ…。ではでは☆
巫女舞について
私のお世話になっていたN神社は、隣県K市の街の中にあります。とても静かな良いところです。
初めてご奉仕に行ったのは、大学1年の時でした。何でも『巫女舞を覚えなければならない』という話だったので、非常に緊張したのを覚えています。
私は小学校の時から高校まで剣道をやっていたので、袴を穿くことにはそこまで抵抗はありませんでした。ただ驚いたのは、剣道の袴と違って、緋色の巫女袴はスカート状だということです。また、袖が結構大きめでしたね。初めて装束を合わせた時は、やはり自分も女の子だからか、無性にうれしかったのを覚えています。樟脳の香りがツンとして、母親に振袖を着せてもらう時のような華やいだ感じがいたしました。
N神社は古いお社でして、何と社殿はお城の能舞台だったそうです。ですから舞や音楽に縁があるのだと、権宮司さんがおっしゃってました。
巫女舞は、県内で統一されているもので『半回り』と『本回り』という二種類の様式がありました。(正式なお式の時は『本回り』で舞い、省略する場合は短い『半回り』で舞います。)
舞の採物(とりもの)は神楽鈴と檜扇(ひおうぎ)です。また、榊や鉾鈴(ほこすず)を使う場合もあります。それから、舞のさいには、白衣緋袴の上に薄い千早(ちはや)を纏います。しかしこの千早も実は略装なのですよ…!
長くなりましたので、この話の続きは、また次回です(^^)。
記憶の底
私が巫女になろうと思ったのは、小学校低学年の時の話です。
母の里の八幡神社にて、秋祭りの祭礼が行われたのがきっかけでした。母の実家は人里離れた山の中にありまして、中々雰囲気の良いところです。
飲料水は井戸水でした。
家の裏には巨大な竹薮と崖がありまして、山吹の花が咲いていました。崖の上からは水が流れていて、そこには小さな蟹が棲んでいました。
初秋の物悲しい雰囲気と里の豊かな自然の中で行われた祭礼は、大変崇高な雰囲気をたたえていました。
また、巫女の舞や昔ながらの口伝えの伝統はあまりに儚くて、消えてゆく蝋燭の炎のようでした。
笛の音色のあまりの悲しさ。私もそんな雰囲気の中に身を置いてみたかった、というのがそもそもの始まりです。
プロフィール

柚木みやび

Author:柚木みやび
柚木みやびの日記&エッセイ。 2006.11.9~ 
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(プロフ画像はしいたけさんの絵本から拝借しています)


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