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1月12日(火)バリ島旅行記(最終日)
なんとか関空に着き、入国審査と荷物受取を済ませた。
全員、お腹の調子がちょっとおかしかった。
日本の空港は、バリと違ってお香の匂いがしなかった。色もあまりなかったが、何故かほっとした。

朝マックして、帰路へ。

この後、2日後に同じインドネシアのジャカルタのスタバでテロが起こることを、この時点で私たちは知らない。
楽しいバリ旅行だったが、危険と隣り合わせだということだ。

旅行は疲れたが、心が元気になった。
やはり、バリ島自体がパワースポットなのであろう。
仕事はつらいけど、年1回の海外旅行のために、これからも働き続けた方が良さそうだ。
がんばるぞ。
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1月11日(月)バリ島旅行記(4日目)
いよいよ最終日。

午前中は、お土産を買えるラストチャンスかと思い、免税店へ。
ホテルから距離があるが、旅行会社のはからいで、行く際のタクシー代が無料になるのだ。

バリ舞踊衣装の展示がしてあって、子どもに着せて写真を撮った。
ここはインドネシアルピアではなく、ドルである。
私にも付き合いがあるので、石鹸やらマッサージオイルやら、色々詰めた。
最後、物凄い金額になってしまい驚愕。迷ったけど、結局買った。

お昼は免税店の中華料理屋さんへ。
日本とは感覚が違うので、出てくる皿がとにかく汚い。何枚か取り替えてもらった。プラスチックなのも汚れが取れにくい原因かな?
きっと、「日本人は細かいな」って思っているに違いない…。

昼にホテルに戻り、N氏らはホテルのプールへ。私も、足だけつけた。
深さ1.4メートルとのことで、子ども達の足がつかない状態。プールの縁につかまって、よいしょと進む。
とにかく暑くて、コンクリートは焼石状態。

夕方は、クタの街へ。クタ・スクエアを目指す。
バリは、バスや地下鉄がないため移動がとにかく不便。気温も暑いし、ばててくる。
途中、大きなマーケットを見つけた。ここは免税店よりも品数が豊富な上に、安い。
しまった、ここでお土産を買えばよかったな。と後悔したが後の祭り。
店先にドクターフィッシュのプールがあって、オーストラリア人の男女が足をつけていた。
Mが興味深げに見ていると、「Free!(タダだよ)」と勧めてくれる。
少し会話をした。オーストラリア人はおおらかであまり怒らないとバリのガイドさんが言っていたが、確かに優しそうだった。
一緒に写真を撮ってもらった!

なんとか歩き切り、クタ・スクエアへ。
ここでも大きな雑貨屋さん「マハ・タリ」があり、土産物が充実。アボカドクリームを購入。欲しかったのだ。
うーん、ここでお土産を買えばよかった。。。

夕方はしゃれたイタリアンレストランで食事。
ナフキンがおしゃれな形に折ってある。NNが「バナナや」と言うと、女性の店員さんが「NO、CORN(とうもろこし)」と言って笑った。
私は食べすぎで胃腸の調子が悪かったので、トマトスープのみ。
胃に優しかった。

名残惜しかったが、ホテルに戻った。21時半、ガイドさんが迎えにきてくれて空港へ。
その後、機内泊だったが、これが最後の体力を削り取られる感じで結構きつかった。
1月9日(土)バリ島旅行記(2日目)
2日目の朝は、起きるのがしんどかった。
6時半起床、8時にロビー集合である。ガイドはサナさん。
日本語堪能で、バリの歴史や宗教に精通しておられ、細やかで優しくて気さくな方であった。

初めに木彫りの村マスに行く予定だったが、近年木彫りが流行っていないという理由もあり、お土産屋さんへ。
値段もそんなに高すぎず、ある程度欲しいものが揃っていたので楽しかった。
1時間ほどいたかった。石鹸やキーホルダーを買った。
我が家の小学生達にも付き合いがあるだろうから、「お友達とお揃いにしられ」と言って、買ってあげた。

バリには、銀細工(トゥルク)の村、家具の村、木彫りの村(マス)等工芸品の種類によって、それぞれ村があるらしい。
最近は木彫りが不人気で、アジアン家具が人気。木彫りの店は家具屋さんに変わっているとのこと。
バリでは凧も人気で、ガルーダや蝶の形のカラフルな凧が売っているのが車窓から見えた。

次はゴア・ガジャ遺跡。10世紀にオランダ人によって発見されたが、前方の石が積まれた部分が何だったのか、
いまだにはっきりしていない等、想像をかきたてられる。
水浴びの場所も発掘されたが、神様の水なので浴びてはいけないということになり、沐浴場は使われていない。
代わりに、魚がたくさん泳いでいた。
ボマ(守り神)の口の形をした入り口に入った。遺跡の中はじっとりと暑かった。
壁をくりぬいて作った寝台と瞑想用の場所、ブラフマン(創造神)・シヴァ(破壊神)・ヴィシュヌ(守護神)の3つのリンガがあった。
バリでは、3という数字に意味があるそうで、沐浴の時も頭に3回水をかけるらしい。
密林の中の遺跡ということで、N氏と感動していた。

象の頭をしたガネーシャ神は、シヴァの息子である。
母・パールバティと家にいた時に、父・シヴァがやってきた。
パールバティが入浴中であったため、ガネーシャはシヴァを家に入れなかった。シヴァは怒り、ガネーシャの頭を切り落とした。
そして、ガネーシャは象の頭になった。
Mはこのエピソードが心に残ったらしい。

ティルタ・エンプル(聖なる泉)へ。この日はシヴァの祭りの翌日で、沐浴にはもってこいの日らしく人だかりができていた。

寺院に入るときは、バティックという腰巻や、頭に布を巻く。集中するためである。
成人になると、犬歯を削る。欲望を抑え、集中するためという。
私も日本には除夜の鐘と108の煩悩の話をしたら、ガイドさんは驚いていた。

昔、近くにいたマヤダナワ(悪魔)を、インドラの神が殺した。悪魔は人を取って食べていたので、住民はインドラに感謝した。
インドラが針を刺した場所からこんこんとわき出たのが、この聖なる泉である。
家族連れがバイクで来ていて、お供えをして、沐浴をして、帰りに木陰でお供えを食べてとアットホームな雰囲気だった。
蛇つかいもいた。

「バリの人は大きなものを崇拝します。例えば、大木。
そして、お供えをします。祈ります。家族のために、みんなのために、バリのために祈ります。
そして、世界の平和を祈ります。」
世界の平和は、こうやって祈りの力で保たれているのかもしれない。
ガイドさんの澄んだ瞳の光に、宇宙の深淵を見た気分だった。

バリでは物価が以前の10倍に高騰しており、最近では、庶民が家や車が買えなくなった。家族4人で1台のバイクに乗るという。
また、バリには信号機がない。信号機の代わりに、ヒンズー教の像がたっている。
巨大な赤ちゃんの像もあった。魔よけだそうだ。
N氏「運転手さん達、何気なく運転しているようだけど物凄いテクニックだよ」

バリではお坊さんはなり手がいない職業である。お坊さんにはグレードがあり、職業ではなく全てボランティアである。
誰もなりたくはないが、年を取ったり、嫌なこと(病気など)が重なったりした時に村の会合で「お坊さんになりなさい」と言われたり、
ケチャでトランス状態に陥った際に、「あなた、お坊さんになりなさい」と村の長老から言われたりして、なるべくして、なる。
お供えを作ったりして、少しの収入を得ることができる。
昔は、家を建てるときに20万円くらいのお供えを出す家もあったが、今では少ない。

キンタマーニ高原とバトゥル山・湖を眺めつつ昼食。広々とした景色。絶景である。
1917年と1999年に噴火はあり、1917年の時は人がたくさん亡くなり、キンタマーニの人口が減ったらしい。
先住民族のバリ・アガが住んでおり、見た目はバリ人と変わらないが、風葬の習慣がある。
物売りがキーホルダーを売っていたが、値札がないので目を伏せた。
ミカンとコーヒーの栽培が盛んで、肥料には牛の糞を使うため、ハエがたくさんいる。
料理にたかってくるので、子供たちが「えい、えい!!」と追い払っていた。

ジャコウネコにコーヒーの実を食べさせ、ジャコウネコの腹の中で発酵させ、糞として出したジャコウネコのコーヒーは
人気があり、中でも天然のものは高価である。アラビカ珈琲といい、150グラム=5,000円程度との事。

道中、ガソリンを瓶で売る店あり。商売いろいろ。

テガラランはヤシの木やスターフルーツの木がある以外は輪島の千枚田みたいな雰囲気である。
スパクという水利を分けるための組織があり、頂上に寺を作り、祭りは年2回。
稲刈りは人を雇って行い、対価は米で払う。

ウブド王宮へ。ウブドにはカンドゥル王という王様がおり、芸術を好み、アントニーオ・グランコ等オランダの絵描きを
バリへ招いた。そのため芸術が盛んであり、オランダ人が多く住んでいたため、戦火を免れた。
ウブドの語源は「UBAD(ウバッド・薬)」であり、8世紀に僧侶マルカンディアが開拓民を連れてきた。
暑かったが、近くの川に入ると気持ちがよく、まるで癒してくれる薬のようだったので地名がウブドになった。

王家の人はお金持ちで、優しくて、今でも皆から尊敬されている。
いくつもホテルを経営しており、実際にウブド王宮に宿泊もできる。毎晩王宮で芸能が行われるが、王家は場所を貸し出すだけで、お金は取らない。入場料は全て、出演者に入る。

バロンダンスに出てくるバロン(善の神)に対するラング(悪の魔女)の像が、何故か王宮にある。
「普通は魔女の像は置かないが、魔女を祀ることで魔よけとしているのだろう」とガイドさん。

観光地をたくさん回って、貴重な体験をした。最後には眠くなったが、なんとか起きていた。
素晴らしいガイドさんに感謝。

夜は、疲れたためかN氏も私も不機嫌だった。
N氏が「夕食の店は任せるね。調べておいてね」と行ったくせに、
クタへ向かう途中、「いつまで歩かせる気だ。その辺にも店はあるだろ」と言い出したので、近くのイタリアンレストランへ。
パスタを食べた。子ども達も満足。

明日はゆっくりしよう。ということで、22時就寝。
1月8日(金)バリ島旅行記(1日目)
翌日は、空港に9時到着。
いざ、飛行機へ。午前11時関空発、17時20分にデンパサール(ングラライ国際空港)着。
飛行機の中で、子ども達は機内食のそばを食べられて喜んでいた。
その後、ずっとペイントのゲームをしていた。

私は、HEROの映画を鑑賞。飛行機はすごく寒くて、コートを持ってこなかったことを後悔した。
ドラマ開始当初よりも、キムタクも松たか子も随分落ち着いているのに、
この二人はいつまでもくっつきそうでくっつかないのかぁ…と違和感を感じたが、楽しませてもらった。
ペタンクとソーセージ好きの架空の国ネウストリアの設定も面白い。行ってみたいな、ネウストリア。

デンパサールの気温は30度超え。じっとりと汗ばみ、夏を思い出した。
すぐに半袖になる。
お香と食べ物と香味野菜の混じったような独特の匂いに、久しぶりの東南アジアを感じた。

ガイドさんはフレンドリーな感じで、ニコニコと愛想が良かった。
汗をかきながらアストン・クタ・ホテルに到着。冷たいおしぼりを戴いた。

プール付きのホテルに泊まるのは初めてだ。
プールサイドから、レゴンダンスのダンサーの姿が見える。ガムランボールの神秘的な音も聞こえる。
私「おおっ! バリ舞踊が見られるかも!!」 

時刻は19時半を回っていた。
N氏「疲れた。ホテルのレストランで夕食を食べよう」

ということで、1階のレストラン「シュガー&スパイス」へ。
運よく、週に1回開催のレゴンダンスを鑑賞することができた。

極彩色の衣装をまとった、美女の踊る魅惑的なレゴンダンス。なのに、
意外とお客さんは少なかった。
私「すごい。めっちゃ綺麗。ビューティフルー」
カメラを構えたり、料理を食べたりと忙しい。N氏とビンタンビールを飲んだ。

突如、ダンサーが「Dance With me?」と言って私に鮮やかな黄緑の布をかけて下さり、
一瞬戸惑ったが、嬉しかったので私も一緒にダンスを披露。
たおやかなバリの美女と、怪しげな日本人の異色のコラボレーション。
その姿は、自分でも奇妙だったと思う。
おそらく、日本の恥をさらしたのは言うまでもないだろう。
すごく心に残る良い体験だった。
並んだ時に、バリのダンサーが意外と小柄であることに驚いた。スタイルが良くてすらっとしてしてる。

料理はバイキング形式。
M「料理が辛くて食べられない!」
NN「からいー!><」
カラフルなナシゴレン(炒飯)。赤パプリカと思いきや唐辛子が混じっていた。
私「赤色はトウガラシやよ。なるべく赤色のまじっていない料理を食べるようにしられ。
お母さん、昔タイに行った時にそうしとったよ」
娘らに言い聞かせつつ、スープを飲んだ。チキンスープに、ジャガイモと赤パプリカが入っていた。
赤パプリカを噛んだ。しかし、それは唐辛子であった。
私「からー!!」
全身の毛孔から汗が吹き出し、涙と鼻水が出た。
N氏「ハハ…ハハハ…大丈夫け?」
心配はしてくれているが、笑っている。
M「お母さん、大丈夫?」
私「うぐ…。水かなんか頂戴…うう…う」
N氏「スイカでも食べられ」
子ども達がスイカを10切れほど取ってきてくれ、なんとか収まった。
唐辛子1かけらのの威力を相殺するに、スイカ10切れ分。なんと恐ろしい。
これであと数日大丈夫なのか。私は少し心配になった。
子供たちに早く寝ろと脅しつつ、12時半頃、就寝。
1月7日(木)バリ島旅行記(前泊)
結婚10周年! ということで急に決まったバリ島旅行。荷物をつめる元気もなかったけど、何とか準備した。
子どもらは始業式も書初め大会も休むので、不良小学生。
がしかし、先生方も「気をつけていってきてくださいね」と快く了解してくださった。
子ども達、一生懸命宿題と自主勉強とカルタの練習を頑張った。

今までは、海外旅行というとホテルのベッドで寝られることだけが唯一の楽しみであった子ども達が、一か月前から「インドネシア楽しみー!」と言うようになったということで、子ども達も成長したらしい。

夜8時頃出発。地元のすき家で夕食。
M「私、インドネシアすっごく楽しみ!」
私「お母さんもやよ。てか、家族全員同じ気持ちやね。」

関西国際空港は人工島にある。大きな橋をわたる。
私「ほら、見て見て! 今から車が空飛ぶよ~!」
車で海の上の橋を渡るときに、子ども達を喜ばせようとしていつも言うセリフである。

M「…お母さんさぁ、いつも車で橋を渡るときに「空飛ぶよ~」って言うけどさ、
私、ほんとは「車のタイヤが地面についているのに、どこが空飛んどるんけ?」っていつも思うんやよね。
まぁお母さんに言うと怒るだろうから、黙っとったけど」

私「な…何…だ…と」


ここで衝撃の真実発覚。Mの方が私より大人だった…。今まで話を合わせてくれていたとは!
どっちが子供かわからないではないか。

空港付近で前泊。ホテルに着いたのは深夜。N氏、運転頑張ってくれてありがとう。
疲れているのにごめんね。

ホテルは非常に綺麗だった。子ども達ははしゃいでいるが、私は体力を温存するため、すぐに休むことにした。
NNに至っては、帳面に日記を書いていた。
私「寝るよ! 明日体力もたんよ!!」

枕が変わって眠れるか心配になるが、私の事である。すぐに意識が遠くなった。
9月4日 シンガポール旅行(1日目)
朝から飛行機に乗り、シンガポールに着いたのが夕方16:30頃。
バスに乗って、オーチャード通りにあるホテルへ移動。
想像していたよりも、緑が多い印象。そして、ジャングルに生えているような樹が多い。さすが、赤道直下の国だ。
途中、マリーナ・ベイ・サンズが見えて、思わず「おーっ!」と歓喜の声を上げてしまった。
マリーナ・ベイ・サンズを見たいがためにシンガポールに来たようなものなので、
いきなり目的を達成してしまって驚いた。

ホテルに行った後、シンガポール名物のチキンライスを食べた。
鶏のうまみが沁みていて美味しかった!
子供たちはハンバーガーを頼んだのだが、肉の焼き加減を聞かれ「ミディアム」と答えたら、
真っ赤な肉が出てきて驚いた。
その後、夜景で有名なクラーク・キーへ行くことになったのだが、駅で降りるとインド人がいっぱいいた。
赤と白のサリーを着た見目麗しいインドの若い女性が男性と一緒に歩いている。
私「きれいな人やねー!」
M「私もあんな服着たい」
私「あれはインドの服で、サリーって言うらしいよ」
様子がおかしいので駅を出てみると、やはり様子がおかしい。
どうやら、地下鉄を乗り間違えて「リトル・インディア」に着いてしまったようだ。
気を取り直して、クラーク・キーへ。
シンガポールは基本自動改札なのだが、NNの地下鉄のカードがエラーを起こしてしまい、N氏が窓口へ精算しに行ったり、紙のカードを買いに行ったりして大変だった。

さて、河川周辺には色とりどりのネオンの建物が立ち並び、大勢の人が歩いている。あちこちには酒場。大人の雰囲気だ。
こんな夜中なのに、バンジージャンプをしている人までいた。
M「眠い。もう歩けん。つかれた」
N氏「どっかで店入ろうか。でも、バーばっかりだな」
N氏、その辺のお店の人に尋ねてみる。
N氏「my child want to drink juice」
店の人「No juice,but, go straight,cafe 『tcc』」
N氏&私「Thank you」
お店の人の言った通り、少し歩くと『tcc』というカフェがあり、そこで子供たちと搾りたてのジュースを飲んだ。
たくさん歩いたご褒美ということで、Mはチョコレートたっぷりのスイーツを食べさせてもらっていた。
私「ところでちょっと頼みすぎじゃない?こんなに子どもに甘いものばっかり食べさせてどうすんの!(怒)」
N氏&M「…」
最近では、私もすっかり強くなってしまった。家族に対して言えないことがない…。

時間は深夜0時、バーの立ち並ぶ通りのカフェで子供たちは疲れてスヤスヤ。
N氏は帰り、ホテルで飲むためのタイガービールを買い込んでいた。
地下鉄を乗り継いでホテルに帰り、ぐっすり眠った!

本日の歩数:10,672歩
9月3日(水)シンガポール旅行 前泊
夏休みの思い出に家族でシンガポールへ行くことになった。
愛知のセントレア空港から出発することになったが、朝のフライトなので、前泊することに。

前の日に準備をしておいて、仕事が終わってから家族全員で車に飛び乗った。
地元の「すき屋」で夕食を取った後、高速道路に乗った。
途中のSAのコンビニで、NNが300円くらいの妖怪ウオッチのおもちゃを発見。
旅のお供に一つずつ買ってあげ、子供たちは満足して車内で就寝。

セントレアに着いたのが深夜0時。最近規則正しい生活を送っているため、この時間になると非常に眠い。
前泊に使うには勿体ないくらいの新しくて綺麗なホテルだった。(風呂とトイレが別だった!)
子供たちは妖怪ウオッチを手にベッドでピョンピョン飛び跳ねていた。

N氏「こんなにいいホテル、少ししか泊まれないなんてもったいないなー」
私 「これだけいいホテルなんだから、疲れも取れるよ」。テンション上がるわー!」
N氏「シンガポールのホテルも、たぶんすごくいいホテルだろうな~」
私 「楽しみやね~」

家族4人、電気を消してぐっすり眠った。
5月5日(金)長野・野沢温泉へ
大学時代、私の属していた弓道部では、毎年夏に長野へ出向いて合宿を行うことになっていた。
卒業して早○年……久々に行きたくなりN氏にお願いして日帰り旅行へ。

野沢温泉の代表的な湯である「大湯」に浸かってきた。
硫黄の匂いがきつく、お湯も熱い。
子ども達は最初「熱くて入れない」と言っていたが、足をゆっくり浸けてみると入れるようになった。
体の心からあったまるような、疲れの取れるお湯だった。
もっと浸かっていたかったのだが、子ども2人を連れてせまい浴場に入るのは相当なストレスで、
なんだかとても疲れてしまった。
その後、家族で足湯に浸かった。これは男女の別がないから、家族全員で入れるのがいい。

温泉玉子もおやきも非常に美味しかった。
それにしても、大学時代は弓を引くのに夢中だったからそんなに観光できなかったけれど、
菜の花は美しいし、山は綺麗だし、温泉もあったかいし、本当にいいところだと思った。
近くの神社とお寺に参拝し、おぼろ月夜の館を見てきた。
合宿でお世話になった旅館、朝の体操で使っていた駐車場、弓道場を聖地巡礼して帰宅。
3月17日(土)うきうき春の京都旅行☆ 2日目
2日目。5時半に起きる予定が…2時間寝過ごした。;;

祇園に行くのはやめて、メインの伏見稲荷神社を目指した。
雨が降っていたが、石畳が濡れていて風情があった。
約2時間の登山。鳥居でできたお山を登る。

伏見稲荷神社の鳥居。



参詣途中にこんな風景も。


おせき大神・薬力大神でお守りを戴いてきた。病気の友人がいるので、渡したいと思う。
十九の時にこの鳥居を潜った時は、夕暮れ時だったのもあり妖しく惹かれる何かを感じたが、
なぜか今はそういう「感傷」はない。
あの頃は、強い願いを持っていたけれど、今はある程度幸せになったせいもあるのだろう。

伏見稲荷神社付近の土産物屋で購入した「伏見稲荷狐の舞」。なにげに可愛い。



重度の方向音痴ゆえに京都駅構内をさ迷ったが、中村藤吉本店へ無事たどり着いた。
まるとパフェとにしんそばを注文。


まるとパフェ、るるぶで見て一度食べてみたかったのだ。満足した!
(特に上のクリームと抹茶カステラの部分が美味しい)
私が食べたのは抹茶バージョン。ほうじ茶バージョンもあるらしい。想像に難い。

駅構内でお土産を買い漁り、1万円くらい遣った気が…旅行効果は恐ろしい。

その後、帰路についた。
子ども達、待ってるだろうな……あれだけ電話で「お母さんがいないと寂しい。早く帰ってきて」「お母さーん」と言っていたのだから。
帰ったら抱きしめてやらなきゃ。と思い家のドアを開けた。

私 「ただいまー」
N氏「おお、帰ったんけ。お帰り」
M、NN「……」(夢中でお絵かき遊びをしている)
「M、NN、ただいまー」
「ねえお母さん、プリキュアの映画連れてって。」

母親の存在は忘れられていましたとさ、ちゃんちゃん(涙)。
3月16日(金)うきうき春の京都旅行☆ 1日目
前々から、久々に京都一人旅をしてみたかったのだが、N氏の許可が下りたので行ってきた。
3時半起床、5時出発だったので結構キツかった(笑)。
ウォークマンを耳にあて、目をつむっているうちに朝陽を受けてキラキラ輝く琵琶湖が見えた!

まずは1日目。
底冷えの京都駅を出て、バスターミナルの中の進々堂でサンドイッチを食べて、行動開始!
市バスに乗り、まずは晴明神社、白峯神社に参詣。
今回参詣したいずれの神社とも、過去に行ったことがある所ばかり。
そう、今回はお礼参りの旅なのである。

晴明神社。鳥居の上の神紋がかっこいい。陰陽師ファンらしき学生さんが何人かいた。
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晴明公…私の願いを式神を使役して叶えてください。

その後、西陣織会館で十二単体験。十二単をフルで着たのは人生で2回目。
最初に着たのは十九の秋でした。
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十二単は装束なので、着せる方法は「着付」ではなく「衣紋道(えもんどう)」と言うのだそうだ。
前に一人が立ち、二本の紐を交互に抜きながら着せていく。後ろも一人立つが、昔から姫の信頼が厚い人でなければ、この役はできないと言う。(命を狙われるかも知れないから。)
この装束は、平安時代でも非常に身分の高いお姫様しか着ることができなかったものだそうだ。
気になるお値段は…「400~800万くらい」。非常に驚いた。
高価な絹を使っているので、肌にとても馴染み、襟元もすっきり重なって気持ちが良かった。

昼前になったので駅へ。京都駅が広すぎて迷ってしまった。
『おばんざいの店 京百菜』でのおばんざいブッフェ。
ぐじの南蛮漬け、南京煮、れんこんきんぴら、卯の花、肉じゃが、ひじきと青豆煮、水菜サラダ…など、
心がホッとするお惣菜の数々。おかわり自由で次々色々な種類が出てくるから、箸が止まらない(笑)。
moblog_c79fd7ca.jpg

次に、叡山電鉄に乗って貴船神社参詣。1時間半の滞在だったが、物凄く歩いた気がする。
清流の流れる音に元気を戴いた。さすがは水の神様…!
貴船神社参道。
moblog_af65d85d.jpg
この神社は縁結びのほか、夫婦和合のご利益もあるそうなので、しっかりお願いしてきた。

往復の時間がかかりすぎて他が回れなかった。でも、貴船神社すごく良かったからまぁいいか。

その後、四条周辺にたどり着きホテルまで歩いたが…物凄い距離だった。バスを使えば良かったと後悔した。

無事ホテルにチェックイン。ベッドに寝転がったが……夫と子どもがいないとなんだか寂しい。

その後、夕食を食べに四条烏丸へ繰り出した。
当てにしていたお店がいっぱいだったので、近くにあった錦魚亭(きんぎょてい)へ。
戴いた汲み上げ湯葉。美味だった!


このほか、鱧(はも)の天ぷら、長いもに生卵と刻み海苔・醤油をかけたもの、サーモン・玉ねぎ・鯛の南蛮漬け、鯛茶漬け等を戴いた。幸せ。
私が一人だったためか、板前さんが色々と気さくに話しかけてくださり楽しい時間が過ごせた。
またいつかこのお店に来たい!

その後、新京極等をうろつき、発見したのが「忍者京都迷宮殿」。
moblog_a72d4f89.jpg
入り口に「修行をお望みの姫方殿方 忍者がお迎えに上がりますゆえこちらで少々お待ちくだされ」の立て札が。
娘たちを連れてきたら大喜びしそうだなー。

一度行ってみたかった先斗町(ぽんとちょう)。
細い路地がいくつも続いていて風情があり、心ひかれる。



3往復した頃…水色の着物の舞妓さんに遭遇!

お写真を撮らせていただきたかったが急いでおられたご様子なので遠慮した。
ホントに綺麗だった……。

無事宿に戻り、明日の予定をチェックして昏々と眠った。なんと一日の歩数は3万2千歩!
それにしても、平日に行って正解だった。どこに行っても人が多いので、土日は想像を絶する(汗)。
プロフィール

柚木みやび

Author:柚木みやび
柚木みやびの日記&エッセイ。 2006.11.9~ 
Copyright(c) Miyabi All Rights Reserved.
(プロフ画像はしいたけさんの絵本から拝借しています)


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