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1月12日(火)バリ島旅行記(最終日)
なんとか関空に着き、入国審査と荷物受取を済ませた。
全員、お腹の調子がちょっとおかしかった。
日本の空港は、バリと違ってお香の匂いがしなかった。色もあまりなかったが、何故かほっとした。

朝マックして、帰路へ。

この後、2日後に同じインドネシアのジャカルタのスタバでテロが起こることを、この時点で私たちは知らない。
楽しいバリ旅行だったが、危険と隣り合わせだということだ。

旅行は疲れたが、心が元気になった。
やはり、バリ島自体がパワースポットなのであろう。
仕事はつらいけど、年1回の海外旅行のために、これからも働き続けた方が良さそうだ。
がんばるぞ。
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1月11日(月)バリ島旅行記(4日目)
いよいよ最終日。

午前中は、お土産を買えるラストチャンスかと思い、免税店へ。
ホテルから距離があるが、旅行会社のはからいで、行く際のタクシー代が無料になるのだ。

バリ舞踊衣装の展示がしてあって、子どもに着せて写真を撮った。
ここはインドネシアルピアではなく、ドルである。
私にも付き合いがあるので、石鹸やらマッサージオイルやら、色々詰めた。
最後、物凄い金額になってしまい驚愕。迷ったけど、結局買った。

お昼は免税店の中華料理屋さんへ。
日本とは感覚が違うので、出てくる皿がとにかく汚い。何枚か取り替えてもらった。プラスチックなのも汚れが取れにくい原因かな?
きっと、「日本人は細かいな」って思っているに違いない…。

昼にホテルに戻り、N氏らはホテルのプールへ。私も、足だけつけた。
深さ1.4メートルとのことで、子ども達の足がつかない状態。プールの縁につかまって、よいしょと進む。
とにかく暑くて、コンクリートは焼石状態。

夕方は、クタの街へ。クタ・スクエアを目指す。
バリは、バスや地下鉄がないため移動がとにかく不便。気温も暑いし、ばててくる。
途中、大きなマーケットを見つけた。ここは免税店よりも品数が豊富な上に、安い。
しまった、ここでお土産を買えばよかったな。と後悔したが後の祭り。
店先にドクターフィッシュのプールがあって、オーストラリア人の男女が足をつけていた。
Mが興味深げに見ていると、「Free!(タダだよ)」と勧めてくれる。
少し会話をした。オーストラリア人はおおらかであまり怒らないとバリのガイドさんが言っていたが、確かに優しそうだった。
一緒に写真を撮ってもらった!

なんとか歩き切り、クタ・スクエアへ。
ここでも大きな雑貨屋さん「マハ・タリ」があり、土産物が充実。アボカドクリームを購入。欲しかったのだ。
うーん、ここでお土産を買えばよかった。。。

夕方はしゃれたイタリアンレストランで食事。
ナフキンがおしゃれな形に折ってある。NNが「バナナや」と言うと、女性の店員さんが「NO、CORN(とうもろこし)」と言って笑った。
私は食べすぎで胃腸の調子が悪かったので、トマトスープのみ。
胃に優しかった。

名残惜しかったが、ホテルに戻った。21時半、ガイドさんが迎えにきてくれて空港へ。
その後、機内泊だったが、これが最後の体力を削り取られる感じで結構きつかった。
1月10日(日)バリ島旅行記(3日目)
N氏が、「今日は一日ゆっくりしよう」というので、近くの海へ。
海の美しさに驚く。
ウブドで買った海色のワンピースを着て、クタ・ビーチまで歩いた。
クタに来ると、物売りが「ミツアミー、センエン。ヤスイー」「カワイー」と声をかけてくる。
髪を三つ編みにしてくれるらしい。
帽子売りやジュース売り、アクセサリー売りもいる。断るのが大変である。
N氏がアーラさんというバリ人からパラソルを借りてくれた。1時間1500円ほど。
Mと同じ9歳の男の子がいるらしい。今日は家でテレビを見ているとのこと。
氷で冷やしたスプライトを買ってきてくれた。ホテルやコンビニの冷蔵庫ではあまり水が冷えないので、正直美味しかった。

バリの波は荒く、砂が足元から削られていく感じ。
油断していると、足を取られる。そして、一歩海に入ると、すぐ深くなる。
子ども達と、波が来るとジャンプしてよけて遊んだ。
日に焼けた地元の女の子が小さな妹たちを連れて、Tシャツ姿のまま遊んでいた。素朴でかわいかった。

帰りに、テッパンヌードルという店でご飯を食べた。魚のフライが美味しかったが、量が多いのと疲れていたので
あまり食べられず残念だった。しかし、とても良い時間を過ごした。
店で渡された紙に、「あなたのホテルの鍵とこの店の割引を交換します。滞在先のホテル名と氏名をご記入下さい」と書いてあり、
子供たちは怪しんで、ずっと「あなたのホテルの鍵を交換しますって何やろ??」ばかり言っていた。

途中プルメリアの花が落ちていて、子ども達が拾って遊んでいた。
ホテルに帰ってコップに生けた。プルメリアは強くて、なかなか枯れなかった。

子ども達とN氏がプールで遊んでいる間、昼寝。

夜は断崖絶壁の寺、ウルワツ寺院へ。インドの古代叙事詩ラーマーヤナと原始宗教を融合させたケチャ・ダンスを鑑賞。
魔王に奪われた若く美しい王妃・シータを、若き王子ラマが白猿のハヌマーンらと取り戻す物語。
ハヌマーン、観客の笑いを誘い、大活躍。ケチャは男性の合唱だけで音楽が成り立っており、非常に素晴らしかった。

NNが「お腹痛い」と言い出し、20分ほどトイレに付き合ったが回復せず、N氏とNNはバスの中で休んでいてケチャを鑑賞できなかった。ごめんね、N氏。
あとで見せるために、しっかりと録画した。
帰りに、バリのおじいさんが「Where Are You Came From?」と声をかけてくれた。
バリの人は気さくで、私もバリの人が好きになった。

A’r(アロマ)というお店で、レゴンダンスを観ながら、浜辺で海鮮BBQを愉しんだ。
白身魚は鯛に似て、新鮮で美味だった。この辺はジンバランというらしい。
明日はいよいよ最後の日。名残惜しい!
夜は疲れて、早く寝た。
1月9日(土)バリ島旅行記(2日目)
2日目の朝は、起きるのがしんどかった。
6時半起床、8時にロビー集合である。ガイドはサナさん。
日本語堪能で、バリの歴史や宗教に精通しておられ、細やかで優しくて気さくな方であった。

初めに木彫りの村マスに行く予定だったが、近年木彫りが流行っていないという理由もあり、お土産屋さんへ。
値段もそんなに高すぎず、ある程度欲しいものが揃っていたので楽しかった。
1時間ほどいたかった。石鹸やキーホルダーを買った。
我が家の小学生達にも付き合いがあるだろうから、「お友達とお揃いにしられ」と言って、買ってあげた。

バリには、銀細工(トゥルク)の村、家具の村、木彫りの村(マス)等工芸品の種類によって、それぞれ村があるらしい。
最近は木彫りが不人気で、アジアン家具が人気。木彫りの店は家具屋さんに変わっているとのこと。
バリでは凧も人気で、ガルーダや蝶の形のカラフルな凧が売っているのが車窓から見えた。

次はゴア・ガジャ遺跡。10世紀にオランダ人によって発見されたが、前方の石が積まれた部分が何だったのか、
いまだにはっきりしていない等、想像をかきたてられる。
水浴びの場所も発掘されたが、神様の水なので浴びてはいけないということになり、沐浴場は使われていない。
代わりに、魚がたくさん泳いでいた。
ボマ(守り神)の口の形をした入り口に入った。遺跡の中はじっとりと暑かった。
壁をくりぬいて作った寝台と瞑想用の場所、ブラフマン(創造神)・シヴァ(破壊神)・ヴィシュヌ(守護神)の3つのリンガがあった。
バリでは、3という数字に意味があるそうで、沐浴の時も頭に3回水をかけるらしい。
密林の中の遺跡ということで、N氏と感動していた。

象の頭をしたガネーシャ神は、シヴァの息子である。
母・パールバティと家にいた時に、父・シヴァがやってきた。
パールバティが入浴中であったため、ガネーシャはシヴァを家に入れなかった。シヴァは怒り、ガネーシャの頭を切り落とした。
そして、ガネーシャは象の頭になった。
Mはこのエピソードが心に残ったらしい。

ティルタ・エンプル(聖なる泉)へ。この日はシヴァの祭りの翌日で、沐浴にはもってこいの日らしく人だかりができていた。

寺院に入るときは、バティックという腰巻や、頭に布を巻く。集中するためである。
成人になると、犬歯を削る。欲望を抑え、集中するためという。
私も日本には除夜の鐘と108の煩悩の話をしたら、ガイドさんは驚いていた。

昔、近くにいたマヤダナワ(悪魔)を、インドラの神が殺した。悪魔は人を取って食べていたので、住民はインドラに感謝した。
インドラが針を刺した場所からこんこんとわき出たのが、この聖なる泉である。
家族連れがバイクで来ていて、お供えをして、沐浴をして、帰りに木陰でお供えを食べてとアットホームな雰囲気だった。
蛇つかいもいた。

「バリの人は大きなものを崇拝します。例えば、大木。
そして、お供えをします。祈ります。家族のために、みんなのために、バリのために祈ります。
そして、世界の平和を祈ります。」
世界の平和は、こうやって祈りの力で保たれているのかもしれない。
ガイドさんの澄んだ瞳の光に、宇宙の深淵を見た気分だった。

バリでは物価が以前の10倍に高騰しており、最近では、庶民が家や車が買えなくなった。家族4人で1台のバイクに乗るという。
また、バリには信号機がない。信号機の代わりに、ヒンズー教の像がたっている。
巨大な赤ちゃんの像もあった。魔よけだそうだ。
N氏「運転手さん達、何気なく運転しているようだけど物凄いテクニックだよ」

バリではお坊さんはなり手がいない職業である。お坊さんにはグレードがあり、職業ではなく全てボランティアである。
誰もなりたくはないが、年を取ったり、嫌なこと(病気など)が重なったりした時に村の会合で「お坊さんになりなさい」と言われたり、
ケチャでトランス状態に陥った際に、「あなた、お坊さんになりなさい」と村の長老から言われたりして、なるべくして、なる。
お供えを作ったりして、少しの収入を得ることができる。
昔は、家を建てるときに20万円くらいのお供えを出す家もあったが、今では少ない。

キンタマーニ高原とバトゥル山・湖を眺めつつ昼食。広々とした景色。絶景である。
1917年と1999年に噴火はあり、1917年の時は人がたくさん亡くなり、キンタマーニの人口が減ったらしい。
先住民族のバリ・アガが住んでおり、見た目はバリ人と変わらないが、風葬の習慣がある。
物売りがキーホルダーを売っていたが、値札がないので目を伏せた。
ミカンとコーヒーの栽培が盛んで、肥料には牛の糞を使うため、ハエがたくさんいる。
料理にたかってくるので、子供たちが「えい、えい!!」と追い払っていた。

ジャコウネコにコーヒーの実を食べさせ、ジャコウネコの腹の中で発酵させ、糞として出したジャコウネコのコーヒーは
人気があり、中でも天然のものは高価である。アラビカ珈琲といい、150グラム=5,000円程度との事。

道中、ガソリンを瓶で売る店あり。商売いろいろ。

テガラランはヤシの木やスターフルーツの木がある以外は輪島の千枚田みたいな雰囲気である。
スパクという水利を分けるための組織があり、頂上に寺を作り、祭りは年2回。
稲刈りは人を雇って行い、対価は米で払う。

ウブド王宮へ。ウブドにはカンドゥル王という王様がおり、芸術を好み、アントニーオ・グランコ等オランダの絵描きを
バリへ招いた。そのため芸術が盛んであり、オランダ人が多く住んでいたため、戦火を免れた。
ウブドの語源は「UBAD(ウバッド・薬)」であり、8世紀に僧侶マルカンディアが開拓民を連れてきた。
暑かったが、近くの川に入ると気持ちがよく、まるで癒してくれる薬のようだったので地名がウブドになった。

王家の人はお金持ちで、優しくて、今でも皆から尊敬されている。
いくつもホテルを経営しており、実際にウブド王宮に宿泊もできる。毎晩王宮で芸能が行われるが、王家は場所を貸し出すだけで、お金は取らない。入場料は全て、出演者に入る。

バロンダンスに出てくるバロン(善の神)に対するラング(悪の魔女)の像が、何故か王宮にある。
「普通は魔女の像は置かないが、魔女を祀ることで魔よけとしているのだろう」とガイドさん。

観光地をたくさん回って、貴重な体験をした。最後には眠くなったが、なんとか起きていた。
素晴らしいガイドさんに感謝。

夜は、疲れたためかN氏も私も不機嫌だった。
N氏が「夕食の店は任せるね。調べておいてね」と行ったくせに、
クタへ向かう途中、「いつまで歩かせる気だ。その辺にも店はあるだろ」と言い出したので、近くのイタリアンレストランへ。
パスタを食べた。子ども達も満足。

明日はゆっくりしよう。ということで、22時就寝。
1月8日(金)バリ島旅行記(1日目)
翌日は、空港に9時到着。
いざ、飛行機へ。午前11時関空発、17時20分にデンパサール(ングラライ国際空港)着。
飛行機の中で、子ども達は機内食のそばを食べられて喜んでいた。
その後、ずっとペイントのゲームをしていた。

私は、HEROの映画を鑑賞。飛行機はすごく寒くて、コートを持ってこなかったことを後悔した。
ドラマ開始当初よりも、キムタクも松たか子も随分落ち着いているのに、
この二人はいつまでもくっつきそうでくっつかないのかぁ…と違和感を感じたが、楽しませてもらった。
ペタンクとソーセージ好きの架空の国ネウストリアの設定も面白い。行ってみたいな、ネウストリア。

デンパサールの気温は30度超え。じっとりと汗ばみ、夏を思い出した。
すぐに半袖になる。
お香と食べ物と香味野菜の混じったような独特の匂いに、久しぶりの東南アジアを感じた。

ガイドさんはフレンドリーな感じで、ニコニコと愛想が良かった。
汗をかきながらアストン・クタ・ホテルに到着。冷たいおしぼりを戴いた。

プール付きのホテルに泊まるのは初めてだ。
プールサイドから、レゴンダンスのダンサーの姿が見える。ガムランボールの神秘的な音も聞こえる。
私「おおっ! バリ舞踊が見られるかも!!」 

時刻は19時半を回っていた。
N氏「疲れた。ホテルのレストランで夕食を食べよう」

ということで、1階のレストラン「シュガー&スパイス」へ。
運よく、週に1回開催のレゴンダンスを鑑賞することができた。

極彩色の衣装をまとった、美女の踊る魅惑的なレゴンダンス。なのに、
意外とお客さんは少なかった。
私「すごい。めっちゃ綺麗。ビューティフルー」
カメラを構えたり、料理を食べたりと忙しい。N氏とビンタンビールを飲んだ。

突如、ダンサーが「Dance With me?」と言って私に鮮やかな黄緑の布をかけて下さり、
一瞬戸惑ったが、嬉しかったので私も一緒にダンスを披露。
たおやかなバリの美女と、怪しげな日本人の異色のコラボレーション。
その姿は、自分でも奇妙だったと思う。
おそらく、日本の恥をさらしたのは言うまでもないだろう。
すごく心に残る良い体験だった。
並んだ時に、バリのダンサーが意外と小柄であることに驚いた。スタイルが良くてすらっとしてしてる。

料理はバイキング形式。
M「料理が辛くて食べられない!」
NN「からいー!><」
カラフルなナシゴレン(炒飯)。赤パプリカと思いきや唐辛子が混じっていた。
私「赤色はトウガラシやよ。なるべく赤色のまじっていない料理を食べるようにしられ。
お母さん、昔タイに行った時にそうしとったよ」
娘らに言い聞かせつつ、スープを飲んだ。チキンスープに、ジャガイモと赤パプリカが入っていた。
赤パプリカを噛んだ。しかし、それは唐辛子であった。
私「からー!!」
全身の毛孔から汗が吹き出し、涙と鼻水が出た。
N氏「ハハ…ハハハ…大丈夫け?」
心配はしてくれているが、笑っている。
M「お母さん、大丈夫?」
私「うぐ…。水かなんか頂戴…うう…う」
N氏「スイカでも食べられ」
子ども達がスイカを10切れほど取ってきてくれ、なんとか収まった。
唐辛子1かけらのの威力を相殺するに、スイカ10切れ分。なんと恐ろしい。
これであと数日大丈夫なのか。私は少し心配になった。
子供たちに早く寝ろと脅しつつ、12時半頃、就寝。
1月7日(木)バリ島旅行記(前泊)
結婚10周年! ということで急に決まったバリ島旅行。荷物をつめる元気もなかったけど、何とか準備した。
子どもらは始業式も書初め大会も休むので、不良小学生。
がしかし、先生方も「気をつけていってきてくださいね」と快く了解してくださった。
子ども達、一生懸命宿題と自主勉強とカルタの練習を頑張った。

今までは、海外旅行というとホテルのベッドで寝られることだけが唯一の楽しみであった子ども達が、一か月前から「インドネシア楽しみー!」と言うようになったということで、子ども達も成長したらしい。

夜8時頃出発。地元のすき家で夕食。
M「私、インドネシアすっごく楽しみ!」
私「お母さんもやよ。てか、家族全員同じ気持ちやね。」

関西国際空港は人工島にある。大きな橋をわたる。
私「ほら、見て見て! 今から車が空飛ぶよ~!」
車で海の上の橋を渡るときに、子ども達を喜ばせようとしていつも言うセリフである。

M「…お母さんさぁ、いつも車で橋を渡るときに「空飛ぶよ~」って言うけどさ、
私、ほんとは「車のタイヤが地面についているのに、どこが空飛んどるんけ?」っていつも思うんやよね。
まぁお母さんに言うと怒るだろうから、黙っとったけど」

私「な…何…だ…と」


ここで衝撃の真実発覚。Mの方が私より大人だった…。今まで話を合わせてくれていたとは!
どっちが子供かわからないではないか。

空港付近で前泊。ホテルに着いたのは深夜。N氏、運転頑張ってくれてありがとう。
疲れているのにごめんね。

ホテルは非常に綺麗だった。子ども達ははしゃいでいるが、私は体力を温存するため、すぐに休むことにした。
NNに至っては、帳面に日記を書いていた。
私「寝るよ! 明日体力もたんよ!!」

枕が変わって眠れるか心配になるが、私の事である。すぐに意識が遠くなった。
1月1日(金)元旦
午前中は、地元の氏神様に初詣。歩いて行ったので、運動不足解消。
おみくじを引いたら末吉で、「何事も進んでしないのがよい」と書いてあった。
きっと神様は、私の疲労蓄積した状態とでしゃばりな性格をご存じなのだろう。
2016年は、少し自分を甘やかし、頑張りすぎず、流れに身を任せて生きていくとしよう…。

夕方は、Mのお正月ビンゴに付き合って「初売り」に行ってきた。
お年玉を握りしめて、ファンシー雑貨を吟味する娘達。
Mはシャーペン型消しゴムを、NNはリラックマのシールをゲット。
女の子ってこまこました小さいものが大好きだよね。
私もお出かけ用のポシェットが欲しいのだが、好きなのがあまりない。
まぁいいか、ゆっくり探すとしよう。

年のせいか、フルタイム勤務のせいか、「やらなければいけないこと」に体全体が拒否反応を示していて、
年末は年賀状を書く気になれなかった。
やらなければいけないことが多すぎるよ!
とにかくこの年末は、「片づけは祭りやから!」と叫んでは家の中の不用品をかなりたくさんごみに出し、
映画やドラマ、本を鑑賞して過ごしている。
家の中もスッキリして、子ども達もだいぶ綺麗好きになり、学習机の周りもすっきりした。
ただでさえ狭い我が家なのだから、片づけをきちんとして2016年もすっきり過ごそうね。
プロフィール

柚木みやび

Author:柚木みやび
柚木みやびの日記&エッセイ。 2006.11.9~ 
Copyright(c) Miyabi All Rights Reserved.
(プロフ画像はしいたけさんの絵本から拝借しています)


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