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辻仁成 『海峡の光』
辻仁成氏による、第116回芥川賞受賞作品。悪と復讐の物語。




函館少年刑務所に務める刑務官・斎藤は、受刑者であるかつての同級生・花井と皮肉な再会を果たす。

斎藤には、花井から執拗ないじめを受けた過去があった。斎藤は自分だと悟られる事に怯えながらも花井をじっと観察し、模範的な態度から滲み出る悪意を見逃さないように目を光らせる。
花井は勤勉さを貫きながらも、受刑者の中からターゲットを見つけ出し、刑務官の目を盗んでいじめを行う。それも、自分を正当化させる狡猾かつ卑怯なやり方で。

一度は決まった花井の仮釈放だったが、なぜか花井は2日後に暴力事件を起こし、取り消しになる。その後、天皇陛下の即位に伴い、恩赦を受けて釈放という流れになるが、ビジネススーツを優雅に着こなし、悠々と出ていこうとする花井に、斎藤はかつて自分が花井から受けた嫌味で応酬。かっとなった花井が手をあげ、出所は取り消される。
再び花井が斎藤の手の中に戻るという、息をのむような展開だった。

本作を読んで、悪とは何か、復讐とは何か、と考えた。

花井は人に傷を負わせ、服役した。
だが、表面上は善意を振りまき、陰で弱者を追いつめ弄んだ罪は露呈せず、また彼自身償うつもりはない。
花井の心の中の闇は底知れず、どんな光も届かない。
刑務官となった斎藤は、今では花井をいかようにも扱える権力を得ているが、過去の古傷が蘇り、心のどこかで萎縮してしまう。偽善者である花井の仮面を剥がす事にとらわれてしまっている。
結局、過去という監獄にとらわれてしまっているのは、刑務官である斎藤の方なのだ。

いじめを受けたものができる最大の復讐は、過去から解き放たれる事なのかもしれないと感じた。
文章は美文でありながら骨があり、結末が二転三転する構成に思わず息をのんだ。

芥川賞受賞作の中でも、かなりの秀作だと思う。

素晴らしかった部分を以下に抜粋する。

花井は老婆を見捨てたが、洋館の塀に凭れていた私に気がつき、立ち止まると背後でうずくまる老女を意識しながら不覚に青ざめ、視線を私に凝固させた。鈍色の瞳はますます曇り、暗く頭骨の内側へどこまでも深く陥没した。私は、花井の張りぼての両目が溶け出し、奥に広がる暗澹たる内部が露出していくのを楽しん
だ。
内洋を抜け出る時に見る左舷前方に、照る日をあびて、凛として輝く函館山は風光絶佳この上なく、父親の魂が宿っていると信じるに相応しい貫禄であった。
片雲が山の稜線を掠める時、私には父が思い耽り太い眉根を顰めたように感じられ、旭光に赤く染まった父の面輪は漁に出るあの勇ましさに満ちた顔貌そのものだった。
塀が太陽との駆け引きで拵えた影によって、花井の頭部は二分された。耳だけが光に晒され、逆に表情は煉瓦塀の影の中へと没した。


監視される者たちにとって、看守は刑務所全体を認識する対象であり、同時に権威の壁の一つの煉瓦に過ぎない。受刑者たちは、看守という像を恐れるのであって、私という個人を恐れているのではない。私という個人は、常に彼らの意識の外側にある。
記憶にある海は凪で、見渡すかぎり金波である。父が漕ぐ磯舟の舳先から手を伸ばしては、海面のさらさらとした和やかな水の感触を楽しんでいた。まるで海は一つの生命体のように、光を食べて呼吸している愛しい動物のようだった。


夏の休日の日差しが舎房の突き当たりにある格子窓から斜めに差し込み、幾条もの光の柱を拵えた。……私は束の間放心状態となり、次第に死へと向かいつつある蝶の美しく危うげな瞬間の一つ一つを目で追いかけては、逆に自分の心が落ち着くのを覚えた。

構成だけでなく、文体の美しさも楽しめる作品だった。
プロフィール

柚木みやび

Author:柚木みやび
柚木みやびの日記&エッセイ。 2006.11.9~ 
Copyright(c) Miyabi All Rights Reserved.
(プロフ画像はしいたけさんの絵本から拝借しています)


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